特別企画
会員事業者が連携して電話網を構築。
衛星がつなぐ固定電話が示した通信の未来
JUSA被災地支援プロジェクト(プロジェクトペリカン)の裏側
2024年1月に発生した能登半島地震は最大震度6強の非常に大きなものでした。固定電話や携帯電話などの既存の通信設備にも広範囲に停止が発生。被災地である能登半島の各地では道路は寸断されたため、復旧活動は困難な状況が続きました。
このような中、一般社団法人日本ユニファイド通信事業者協会(JUSA)は被災地支援に向けた呼びかけを行い、ソフトバンクやKDDIウェブコミュニケーションズなど会員6社が賛同。各社が協力して衛星回線をつかったクラウド型固定電話を構築し、石川県県穴水町の避難所などに設置しました。
今回は、この被災地支援プロジェクト(協会内プロジェクトコード:ペリカン)のメンバーにお集まりいただき、取り組みに参加した感想や今後の展望をインタビューしました。
呼びかけから24時間で参加メンバーと支援内容が決定
小林:一般社団法人日本ユニファイド通信事業者協会(JUSA)事務局の小林です。今回はお集まりいただきありがとうございます。先般、被災地にクラウド型固定電話を設置したプロジェクト、協会内ではペリカンプロジェクトと呼んでおりますが、本日はこのプロジェクトについてお話をお伺いし、今後の協会活動の参考にさせていただきたいと思います。よろしくお願い致します。
小林:それでは、参加者のみなさまから自己紹介をお願い致します。またペリカンへの参加募集は24時間ほどでしたが、非常に短い募集期間にも関わらずどのように参加の早期判断ができたのか、という点についても教えてください。
佐久間:株式会社アジャストワンの佐久間です。当社では、代表が地震発生直後に被災地への寄附を決めていたこともあって、JUSAさんから呼びかけがあった際にすぐに手を上げました。
南:株式会社KDDIウェブコミュニケーションズの南です。弊社は社長も是非やろうと即断したので、すぐにご連絡して準備に入りました。
邱:株式会社三通の邱と申します。久しぶりに皆さんにお会いできてうれしいです。私自身はJUSAの監事を拝命しており、協会活動に楽しく参加させていただいております。今回のJUSA事務局からの呼びかけには参加すると即答しました。結果、このようなすばららしいプロジェクトに参加できたことは本当に嬉しく、誇りに思います。
株式会社三通 代表取締役 邱利励氏
吉岡:ソフトバンク株式会社の吉岡です。弊社も社内決裁手続きが必要だったのですが、時間も無いとお聞きしたので急いで社内調整しました。手続きを行っている最中はJUSA事務局さんと継続的にコミュニケーションをとり、できるだけスムーズにネットワーク構築ができるように心がけました。
安力川:株式会社Eligitelの安力川です。今回はプロジェクト推進と政府機関との規制に関する議論・調整を担当させていただきました。
小林:ありがとうございます。1月1日の地震発生後、日々報道される内容には本当に心を痛めましたね。JUSAの事務局側でもこの状況に対して何かできないのか、という議論がおき、その結果このプロジェクトの呼びかけが始まりました。協会の考え方についていかがでしょうか。
邱:ユニファイド通信と言われるクラウドPBX、クラウド電話などの新しい通信分野の事業者が多く加盟する事業者の団体がJUSAです。JUSAの設立時に定めた3つの活動方針のうち、1つが「社会問題への対処」です。特殊詐欺等の電話の悪用や犯罪を撲滅したいという思いからで、現在も総務省・警察庁、他団体と連携して「詐欺に使われた番号を停止していく」取り組みなどを行っています。一方で、この設立目標の議論で生まれた重要なコンセンサスがあります。それは、「JUSAは個社で対応できないことをみんなで協力して実現していくプラットフォームを目指す」ということです。今回のプロジェクトはこのJUSAの重要なスピリッツを実現できましたね。
小林:今回の地震は通信設備に与えたダメージも非常に大きなものでした。さらに被災地域への道路網が寸断され、復旧活動に大きな支障となっていました。大手の通信事業者の皆さんは通信設備を修理に行けないという大変悔しい思いをされたんだろうと想像します。そのような中で、ペリカンの議論はどのように進められたのでしょうか。なぜ「クラウド型固定電話」が支援内容となったのでしょうか。
邱:当然、協会の会員事業者が電話の設備を持つ「電話のプロ集団」だったことが大きな前提だと思います。
安力川:東日本大震災の振り返りから、被災地における通信手段は重層的、かつ多様な形態で存在することが理想だと考えていました。スマートフォンは幅広い世代に普及していますが、被災時は携帯電話のトラヒックをできるだけ他のルートに分散し、低減することが重要です。さらに、携帯電話以外の他の通信手段を用意することは携帯電話網に対するバックアップにもなり得ます。利用形態の多様性の観点では、スマートフォンの操作に慣れていない、普段は固定電話を使われているような方々が安心して使える電話もあっていいのではないかと考えました。これらの背景から「クラウド型固定電話」の提供に決まりました。
株式会社KDDIウェブコミュニケーションズ コミュニケーションDX本部 プロダクトサービス部兼カスタマーエンゲージメント部 ゼネラルマネージャー 南啓介氏
小林:固定電話と聞くと、電柱の上の線を使って家庭や会社に引き込む電話を考える方が多いと思います。一方で被災地はインフラ復旧が課題でした。今回ペリカンプロジェクトがつくった「クラウド型固定電話」の特長を教えてください。
南:従来の電話のように電柱を立て、電話線を引く電話を提供することは、道路が寸断されている状況の中では困難です。それで今回、我々が作ったのは固定電話を避難所に届ける回線部分を電線から衛星ネットワークに代替させました。ユニファイド通信の技術は新しい技術をベースにしており柔軟性があるため実現可能です。
邱:クラウド電話は従来の電話と異なり回線品質が変化することを前提に開発されています。ネットワーク品質の変動に対する抵抗性があり、衛星ネットワークにおいても十分な品質で提供可能であろうと見込みました。
小林:今回は会員企業の皆さんが協力して1つの電話サービスを作られましたが、共同作業、構築に際してご苦労もあったのではないかと思います。
吉岡:ソフトバンクは電話番号およびクラウド音声通信網、固定電話通信網を担当しました。今回は電話回線を三通さんの交換機に引き渡しましたが、三通さんの技術の方が頑張ってくれたので、弊社は技術的な面で苦労することは全くありませんでした。心強かったです。
邱:三通はソフトバンクさんのネットワークに接続し、衛星ネットワークを通じて現地の電話機に回線を引き渡す機能を担当しました。構築およびその後の全体検証もソフトバンクさんにアシストしていただきながらすすめました。CTOはじめ、弊社の技術メンバーは皆さんと一緒に構築や試験ができて楽しそうでしたよ。
佐久間:固定電話の端末区間は弊社アジャストワンとまほろば工房さん、KDDIウェブコミュニケーションズさんが担当しました。端末部分では接続する交換機との動作の確認が問題になるのですが、今回はそれをじっくり机上検討する時間はなかったため、とにかく端末を早く手配し、三通さんのネットワークに接続して、検証しました。
小林:その他の観点では、目立たなかったのですが衛星ネットワークについてはKDDIウェブコミュニケーションズさんにサポートをしていただきました。また、株式会社EnjoyさんとEligitelさんに被災地へ出向いていただき、設置をしていただきました。なぜ穴水町になったのでしょうか、また、現地の状況はどうだったのでしょうか。
安力川:JUSAはICT利活用に関する包括連携協定の締結をきっかけにして日頃から静岡県西伊豆町と交流があります。今回は静岡県が支援していた穴水町が設置先になりました。現地までの主要道路の寸断で毎日ひどい渋滞がおきていること、および現地の混乱で避難所の責任者の方にたどり着くことなどに苦労しました。
小林:設置した避難所のみなさまの声はいかがでしたでしょうか。
邱:現地で必ず質問を受けたのは、「なぜ緊急通報ができないのか」という点でしたよね。
安力川:「固定電話機はスマホより慣れていて使いやすくていい」「無料なのは大変助かる」そして「緊急通報できないのはなぜか」というお声をいただきました。残念ながら現在クラウド電話については規制で緊急通報サービスの提供ができません。非常事態に設置した電話なのに緊急通報できない点については現地の皆さんも思うところがあったのだろうと思います。
邱:JUSAも法規制上緊急通報ができないことに課題意識は大きく、これまでも総務省さんに議論をお願いしているはずです。
小林:議論開始から約一週間後にはネットワークの構築と設置が終わりました。これは会社を跨ぐプロジェクトとしては異例のスピードだと思います。今回のプロジェクトを通した所感と、今後の課題や取り組みについてご意見をお願い致します。
佐久間:現地の市外局番を提供できたのはソフトバンクさんのお力でしたね。高齢者の方に限らず、「050」番号などが携帯にかかってきてもなかなか出にくい場合もある。社内調整は大変だったと思うのですが、いかがですか?
吉岡:電話はコンシューマー向けのサービスでもあるため、色々な組織が横断しています。このプロジェクトの為に、多くの社内のスタッフが関わりました。
通常、電話機を自治体に設置するには決済までに約3ヶ月はかかりますので今回は異例の早さです。会社としても積極的に取り組んでいこうという方針となり、検討ではなくとにかく実行しました。
将来は被災者だけでなく自治体も支えたい
ソフトバンク株式会社 コミュニケーションサービス本部コミュニケーションサービス第3統括部クラウドソリューション事業推進部CPaaS事業推進課課長 吉岡繁樹氏
吉岡:地域の電話番号が配布できたということについては、大きな事例になりました。今回の仕組みを使えば、携帯からかけても通話料無料になる電話の提供や、ホットラインとしての活用もできるかなと思っています。実際に役場側からも電話設置の追加要望はありましたよね。災害時にその被災地の避難所に電話機を設置して、役場の方たちにも便利に使っていただけるような体制を皆さんと考えていきたいです。
佐久間:今回本当に事務局やプロジェクト進行が早くて驚きました。今後は3日で電話の設置が完了しているというぐらいを目指したいし、目指せるという手応えがありましたね。
吉岡:災害時にここまで、スピーディーに提供ができるものだと。この実績が残せたことは素晴らしかったと思います。また、我々には、三通さんの様々な端末を取り扱う技術やEligitelさんが行うような行政機関との法的な調整は難しいので、専門的な技術を持ったみなさんが連携して動き、まさにJUSAのワンチームとして力を発揮できたと思います。本当に良い経験となりました。ここで得た知見は、普段の業務にも活かせると思います。
安力川:当時は総務省さんや警察庁さんも被災地対応で大変な状況ですが、力強く支援していただきました。また、静岡県庁や静岡県西伊豆町の方にも昼夜休日問わずご協力いただきました。陰ながら支えていただいた関係機関のみなさまに感謝を申し上げたいと思います。
邱:災害時には通信手段の確保が人命救済につながる。その点でも、万が一の時に誰もが安心して通信サービスを使うことができるように準備しておくことは大切だと思います。首都直下型地震や南海トラフ地震なども想定して、備えをしておくことが必要ですね。
株式会社アジャストワン 執行役員、DXソリューション事業部事業部長。株式会社コネクトエージェンシー 代表取締役 佐久間誠氏
社会の発展に貢献する通信事業者プラットフォームとして
小林: JUSAの会員のみなさんはマーケットで競合してしまう場合もあるかと思います。ですが、一社一社では対応できない問題や解決できない課題を、みんなで解決していくことがJUSAの最大の役割だと思います。
佐久間:そう、日頃はもう競合でしかない(笑)。でもJUSAでは大変貴重な仲間です。ビジネス上の情報交換・議論もできますし、一社だとできない取り組みが可能です。一例が今回の被災地支援だったと思います。ビジネスの垣根を越えて、社会的意義のある活動ができる場だと思いますし、なにより結果的に我々会員事業者が元気になっていることを実感します。
吉岡:情報通信産業の使命は、安心して使っていただけるサービスの提供に尽きます。市場では競合各社ではありますが、国民の皆さんが安心して使えるコミュニケーションを一緒に作っていける仲間であり、専門家集団なんですね。今回の事例のように、共に活動することで、企業の果たすべき社会的責任を効率よく、効果的に果たしていけると感じています。本業とはまた違ったスケールの活動で、お互い連携することで社会に貢献できました。困っている人、必要としている人のためにサービスを届けるということが、ビジネスの根幹であることを、人々の役に立つ技術革新を日々続けていきたいとあらためて思いましたね。
南:ユニファイド通信業界でのJUSAの存在意義は大きいです。協会が中心となって共通の課題解決に向かって、学び、意見を交換する。結果的に各個社の技術革新と環境整備が進み、そして市場が安定的に拡大していくという循環だと思うんです。みんなに安心して使ってもらうための活動は、各個社ではまず限界がある。そこをJUSAが中心となって、力強く推進していくのだと思います。
邱:協会理事として今申し上げたいのは、JUSAの強みは会員の皆さんの結束力です。今回の緊急事態に協力して立ち上げたこの経験を、JUSAのカルチャーとしてさらに大きく育てていきたいですね。
小林: ありがとうございました。
写真右から
・邱利励氏 株式会社三通 代表取締役/JUSA監事
・佐久間誠氏 株式会社アジャストワン 執行役員・DXソリューション事業部事業部長/株式会社コネクトエージェンシー 代表取締役
・吉岡繁樹氏 ソフトバンク株式会社 コミュニケーションサービス本部コミュニケーションサービス第3統括部 クラウドソリューション事業推進部 CPaaS事業推進課課長
・南啓介氏 株式会社KDDIウェブコミュニケーションズ コミュニケーションDX本部 プロダクトサービス部兼カスタマーエンゲージメント部 ゼネラルマネージャー
・安カ川幸司氏 株式会社Eligitel 代表取締役/JUSA理事
その他、JUSA事務局 小林 がインタビュアーとして同席
場所:ソフトバンク株式会社 本社(東京竹芝)
時期:2024年7月